本日ご紹介する方は
会津が生んだ偉人のひとり
『瓜生岩子(うりゅういわこ)』さんです
彼女は幕末文政12年(1829年)に
喜多方小田付で生まれました
9歳の時に父が急死
家も火災で焼けてしまった彼女
母と弟と共に 母の実家である熱塩村に
身を寄せて暮らしました
こちらは彼女の生誕の地に
建てられている胸像です
17歳の時に結婚
一男三女に恵まれましたが
恩師の死、そして夫、母が次々と死亡
度重なる不幸に襲われた彼女は
母の菩提寺である熱塩村の示現寺の禅師に
『いっそ尼になりたい…』
と、その切ない胸のうちを相談…
禅師は岩子さんに
『世の中にはあなたよりも不幸な人がたくさんいる
あなたのこれからの人生は、その人達のために捧げなさい
あなたは他人の喜びを自分の喜びに出来る人です』
と諭してくれました
示現寺に建てられた岩子さんの銅像です
それ以降、岩子さんは
我が身を投げ打って
苦しんでいる人々を
救い続ける人生を歩みました
戊辰戦争では敵味方の区別なく
負傷者の手当てに奔走し
会津の開城・降伏後は
喜多方に幼学校を建て
会津藩 士族の子女の教育に尽力
明治以降は活動の場を広げ
福島県全域を対象にして
常に貧しい人々のことを考え
子供達がよりよく育つようにと努力し
育児施設や病院施設の建設に奔走しました
優しさがにじみ出ている彼女のお顔です
岩子さんは明治30年に69歳で亡くなりました
その生涯は私心がなく
常に弱い者の立場に立って
子供達の健全育成のために費やした一生でした
彼女の銅像は 福島市
そして東京都にも建てられています
今も子供達を暖かい目で見守ってくれています