2日連続でシリーズ
『会津歴史紀行』
本日は 猪苗代町を中心とした
史跡の今を紹介します
戊辰戦争の戦火が若松城下に広がる前の史跡です
まずは『福良御用場跡』
ここは、新撰組の宿舎があった場所です
ここに 土方歳三や斎藤一がいたんですね‥
ここ、福良には野戦病院を兼ねた『福良御本陣』がありました
白虎隊と土方との暖かい交流があったと言われる場所です
残念ながらその石碑には、雪のためたどり着けませんでした(ToT)
雪が溶けたらまた来ます!!
続いては『母成古戦場跡』
会津藩と二本松藩の境にあり
戊辰戦争の激戦地でした
現在も西軍が築いた砲台の跡が残っています
母成グリーンラインの駐車場にありますが‥
3/26現在は、雪に阻まれ近づけませんでした(ToT)
ここも、雪が溶けたらまた来ます!!
いよいよ母成も破られ
城下に迫り来る西軍を押さえるため
会津軍は十六橋を壊して侵攻を防ごうとしました
しかし、あまりにも頑丈なこの橋を落とすことが出来ず
ついに西軍に奪取されてしまいました
これにより、会津藩最後の防衛線は突破されました
松平容保公も出馬し
滝沢本陣に到着
その時西軍が十六橋を突破し
戸の口原まで進軍している急報が届きました
戸の口原ではその大軍を相手に
敢死隊、遊撃隊、奇勝隊が必死に奮戦しましたが
形勢は刻々と不利に
ついには白虎隊も出撃が命じられました
今回廻れた箇所はここまで!時間切れ(ToT)
雪も溶けたので 今年もどんどん史跡旧跡を紹介しますね
\(^o^)/
今回の最後に滝沢本陣を紹介します
飯盛山の麓にあるこの本陣
中を見学出来ます
生々しい銃弾や刀傷の跡が柱や戸などのあちこちに
ゾクゾクする感覚を覚えました
オススメの場所ですよ