会津歴史紀行~会津を守れ!母成峠~

シリーズ『会津歴史紀行』

今日の旅の目的地はここ‥

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ここは、猪苗代町と磐梯熱海町を結ぶ

『母成峠』です

白河 棚倉 守山 三春と攻略・帰順し

ついには二本松も落城

西軍率いる『板垣退助』『伊地知正治』は

雪が降る前に会津を攻略したいという思いから

ここから北進をやめ

標的を会津攻撃に絞ることになりました

そして、迎え撃つ東軍と西軍が対峙した決戦の場

それが母成峠です

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母成グリーンラインの駐車場に建てられた碑

120525母成碑右.JPG
120525母成碑左.JPG

慶応四年八月二十一日

会津藩、仙台藩、二本松藩、そして新撰組など

総勢800余名の東軍は

土佐藩、薩摩藩、長州藩など

3000余名の西軍と激戦しましたが

最後はなだれのように敗れたそうです

峠の北西部には

『東軍殉難者埋葬地』がひっそりとあります

120525東軍殉職者慰霊碑.JPG

母成での東軍戦死者の遺体は当時

埋葬を許されず 戦後しばらくの間放置されていましたが

これを見かねた近くの人々が西軍の眼を盗んで

遺体を集め 仮埋葬したそうです

その後この地は雑草に覆われてその所在が

分からなくなっていましたが

百年以上のちに、発見され

今は上の慰霊碑が建てられています

母成を破られ 戦いの場はいよいよ

会津に移っていくのでした

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