高原列車は行く♪

今日も空は雲に覆われています

今週末も不安定な天気が

続きそうな7月の終わりです

今日はひょんなことから調べた

廃線になった鉄道について

紹介します

きっかけは梅雨の風景

猪苗代町から昭和の森に向かい

風景を撮ろうと思ったけど…

130725丘から猪苗代湖.jpg

梅雨空に覆われ なんとなく

寂しい絵になっちゃうなぁ…(´・ω・`)

今日は風景撮影はあきらめようと

帰路についた途中で

なにげに立ち寄った緑の村

そこで目についたのがこの列車でした

130725沼尻鉄道全景.jpg

普段はこういう展示があっても

あまり気にせずに通り過ぎる私ですが

この日は風景が撮れなかったこともあり

この列車の撮影を始めたのでした

130725前から.jpg

この車両が走っていた線は

『沼尻軽便鉄道』

廃止時の正式名称は

『磐梯急行電鉄』

 猪苗代町 沼尻(ぬまじり)~川桁(かわげた)

の間15.6kmを結んでいたこの線

軽便鉄道というのは通称だったそうです

130725ディーゼル型式.jpg 当初は沼尻の硫黄鉱山から採掘された硫黄鉱石を

磐越西線まで移送するために敷設された

貨物輸送主体の線だったそうです

130725斜め後ろから.jpg

鉱石を運ぶかたわら

5つの駅と6つの停留所を設置して

住民の足として『軽便鉄道』と呼ばれ

親しまれていたそうです

この鉄道に乗って高校に通っていた

子供達も当時はたくさんいました

物や人の他に

夢や希望も運んでいた鉄道でした

130725客車外観.jpg蒸気機関車~ガソリンカー そして

ディーゼル機関車へと車輌も変わり

多いときは2,000人が生活していたという

沼尻硫黄鉱山周辺は

当時の猪苗代町の経済の

中心を担っていました

130725客車内.jpgこじんまりとして暖かい雰囲気の 

客車の内部

大勢の人で賑わい楽しい笑い声で

溢れていたんでしょうね 

昭和の名曲「高原列車は行く」は

この線がモデルになっているそうです

沼尻硫黄鉱山の閉山に伴い

収益の主流だった

貨物の運搬がなくなると共に

閉山で猪苗代を去った方々も

多かったためにこの鉄道の利用客も減り

沼尻軽便鉄道は昭和44年に

正式に廃止されました

昭和の高度成長期を支え

多くの人々に愛されてきたこの鉄道

「沼尻鉱山と軽便鉄道を語り継ぐ会」

 の皆さんをはじめ、今もその歴史を

守り、語り継いでくれています

「高原列車はラララララ…行くよ♪」

130725車輪.jpg

つるかんHPへゴーやえちゃん2.jpg

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