大内宿への道~戊辰会津戦争を辿る

今日は会津のメジャー観光スポット

大内宿の今を紹介します

ただ紹介するのでは

面白くないかな?と思ったので

道すがら

戊辰戦争の跡を辿りながら

大内宿に向かいたいと思います

スタートは会津美里町から向かう

『大内宿こぶしライン』

山あいの集落 関山地区

集落を抜けると

すぐにあるのがこれ

130605関山四十人墓.jpg

戦死四十人墓

慶応四年九月一日~九月三日

会津藩家老山川大蔵隊が

大内宿に陣取る西軍に攻撃を仕掛けました

一時は優勢に戦を進めましたが

九月二日三日 西軍の猛反撃にあい

撤退 その時戦死した藩士の墓です

更に歩を進めると 次の集落

栃沢に入ります

この集落を抜けてすぐに

旧会津西街道

通称下野(しもつけ)街道に入る道があります

130605下野入口.jpg

ここを入って数百メートル

130605栃沢七士墓.jpg

会津戦役七士之墓

小さな小さな墓石がひっそりと立っています

道を戻り 山道を登ると

見えるのは氷玉峠

130605氷玉峠.jpg

ここでも戦いが行われました

そして上りきったところにある大内ダム

130605大内ダム.jpg

これは人工ダムなので

当時はここに湖はありませんでした

ダム建設に伴い移設されて

今でも山あいにひっそりと立っているのが

130605二十四人墓.jpg

戦死二十四人墓

この墓は この戦いで戦死した

西軍の兵士の方々の墓です

歴史の跡を辿りながらここから数キロ進むと

130605家並右側.jpg

大内宿に到着です

日没寸前の夕方のこの日

通りには一人の姿も見えませんでした

130605茅.jpg

通りを歩くと茅(かや)が積み重ねられていました

屋根の補修するのかな?

130605街道.jpg

戊辰戦争の時

幸い戦禍を免れたこの集落

今でも当時の面影をそのまま残しています

130605大内家並左側.jpg

いつまでも変わって欲しくない

会津の風景が ここにあります

130605花アップ.jpg

つるかんHPへゴーやえちゃん2.jpg

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